ケータイ小説『しるし』(PC読可)

『記憶を取り戻す旅』休止m(_ _)m

2012年11月18日

介護者の矛盾

最近私は「介護者の心の矛盾」をつくづく思い知らされます。

ダンナが事故にあったのが約5年半前。いつ死んでもおかしくないようない状態から、身体障害ゼロで無事に退院してきたのはいいけど、脳の機能がうまくかみ合ってきたのはごく最近。

それまではダンナの後遺症に振り回される事が散々あり、「もう面倒見切れん」と言って突き放す事も度々ありました。

時には携帯電話を受信拒否メール拒否にし1ヶ月無視というのはザラでした。

思うように脳の機能が回復しないというのは、介護する私にとって非常にストレスです。普通の人だって相手が自分の思う通りに動かなければストレスたまるでしょ?
それでもダンナは後遺症なんだ、ダンナに伝わるような話し方をしようと考え、公共機関の手続き方法とかの相談は受ける。だからダンナには万全のサポート体制が付いている。

介護者にはこんな矛盾がいつも湧く。

生きててくれてよかった。
でも介護に振り回されて辛い。
あの時死んでくれてれば…。

介護する日々の中で、常に持つ矛盾。感謝と苦悩。

今はダンナの脳の機能はうまく回りだし、自分で家事リハビリも進んで行い、脳トレドリルを行い、金銭管理をして、家計簿付けまで覚えた。

ここまで来た今、5年間の苦しみは、報われたのか、それともつら過ぎて忘れたのか?
入院直後を激動の時から今年の春先までの私のダンナに関する「感情を伴う記憶」が曖昧になっている。
コレは防衛反応なんだろうか?
それとも、乗り越えた充実感なんだろうか?

今でも思う。線維筋痛症になってまで、今でもダンナに週4回会って日常生活を指導している私って、愛情でやってるんだろうか?意地でやってるんだろうか?

今は私も介護される側。母に私と同じ気持ちは味あわせたくない。

介護者は常に矛盾を持って生きている。
私がいないとこの人は生きられないと思う反面、
この人のせいで私の人生は制限されているという抑圧。

介護するか決めた瞬間から始まるこの矛盾、これから介護する人に伝えておきたくて、今日は勇気をもって書きました。
posted by 島田ハルミ at 23:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 高次脳機能障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by さくら at 2014年03月21日 22:15
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